アメコミを読みたいらいとか

MARVELやSTAR WARSなどのアメコミを、ネタバレ有りで感想を書くブログです。更新頻度は気分次第。他にも読みたいものを気まぐれに

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NYX:WANNABE

アメリカンヒーローコミックの大手として知られるMARVELですが、実はヒーローコミック以外のジャンルも存在しています。今回紹介するNYXもその1つ。中でも異例なのが、アース616(マーベルユニバースの正史世界)での物語ということでしょう。アベンジャーズX-Menも暮らす世界ですが、最後まで決してヒーローが現れることはありません(あるヒーローの初登場回として有名ですが)。マーベルユニバースに住むのは決してヒーローだけではないのです。
f:id:ELEKINGPIT:20211005141932j:imageNYX:WANNABE

 

〈あらすじ〉

父が目の前で射殺されてから数年後、高校生となったキデン・ニクソンは万引きにタバコを嗜むようになっていた。ある日学校の不良集団のリーダーに目を付けられたキデン。目の前で友人が強姦されようとしていた瞬間、人生が突然変異した!

 

〈摩天楼の麓で〉

幼少期のキデンはしっかり者で、母にもよく頼られる存在でした。しかし現在はクラブへ出向き、知人の店でタバコを万引きするようになっています。また喧嘩早い性格でもあるためか、ちょっとした諍いから相手のピアスを引きちぎる殴り合いにまで発展してしまいます。しかもその相手は学校で有名な不良グループのリーダー。クラスメイトには拍手で迎えられますが、教室の外で待ち伏せされるほど目をつけられていました。いくら強気なキデンでも、力で優る相手数人がかりで殴られては勝ち目がありません。また一緒に歩いていたというだけで友人は今にも強姦されようとしていました。恐怖のあまり友人は動けなくなり、キデンも顔を踏みつけられて血と涙を流しながら「止めろ!」と叫びます。瞬間、ぼうっと光に包まれた世界はまるで今までそうであったかのように、キデンを1人置いてけぼりにして静止していました。
f:id:ELEKINGPIT:20211005150053j:imageキデン以外の全てが停止した世界。何が起こったかもわからないが、この状況を利用しない手はない。

 

リーダーの腕を思いっ切り殴りつけると、静止した時間は再び動き始めました。同時、廊下中に悲鳴が響きわたります。キデンに殴られた腕が真反対に折れていたのです。近くにいたキデンの仕業だと直ぐにバレ、数日後にはカウンセリングルームへ連れていかれます。しかしキデンにとってカウンセリングルームとは、言葉を選ばずに言ってしまえば説教部屋も同然。親切なパルマー先生も同行して話を聞こうとしますが、ついにはカウンセラーもキデンの態度に激怒してしまいます。一方恨みがより大きくなったリーダーは、学校へ銃を持ち込むようになっていました。キデンがカウンセリングルームにいると分かると、またもや仲間と共に廊下で待ち伏せします。そしてターゲットが出てきた途端、ギプスに仕込んだ銃で迷いなく撃ちました。突然の事で叫び声をあげるしかないキデン。同時、あの時と同様に時間が止まっていました。能力の発動条件は分かりませんが、ともかくキデンはちょいっと弾丸を反らせて時間停止を解除します。これなら誰も傷つかないと考えたのです。しかしあの時と同様に廊下中へ悲鳴が響きわたります。振り返るとパルマー先生が血を流して倒れていました。
f:id:ELEKINGPIT:20211005153408j:image意識を失ったパルマー先生。これがきっかけで教師を辞めてしまうことに。

 

自分のせいで先生が死にかけた。もう家にも学校にも戻れない。キデンはあてもなく校門を飛び出します。救急車のあとを追って先生の運ばれた病院をこっそり訪ねると、「出血多量で意識を失ってはいるが、時期に回復するだろう」という会話を耳にしました。一先ずは安心していいでしょう。キデンはその日家にも帰らずホームレスとして生活を始めました。偶然出会った若者のホームレス集団と意気投合して生活の術を学び、数ヵ月後には1人で生きていけるほどまでに成長します。ところがその頃、奇妙な幻覚が見えるようになりました。目の前で殺されたはずの父の姿です。
f:id:ELEKINGPIT:20211005201905j:image慕っていた父があの時の姿のまま表れた。なにか意味があるに違いない。


父の幻影はある住所を告げて消えてしまいます。大好きだった父が霊として現れ、自分に何か伝えようとしている。これを無視できるはずがありません。急いでその住所へ向かうとそこは恩師パルマー先生の住むアパートでした。しかしどこかおかしい様子。部屋はめちゃくちゃに荒らされ、思い出の手紙やアルバムが床中に散らばっていました。不審に思ったキデンは先生の姿を探し始めます。
f:id:ELEKINGPIT:20211005202010j:image風呂場で見つけたかつての恩師。自殺を試みていたまさにその瞬間だった。

 

運命共同体

担当医の説明では「出血多量だが山場は超えた」とのこと。無事に退院してからキデンと先生は共に暮らすようになりました。先生は流れ弾が当たってから心に深い傷を負い、薬を手放せなくなるほどの毎日を過ごしていました。教師の仕事も辞めざるを得ず、パートナーもいなくなり、追い詰められた末の自殺未遂だったのです。キデンと過ごすようになって以来徐々に心の傷は癒え始めますが、半年前とは違い癇癪を起こすようになっていました。ある日先生はキデンに尋ねます。どうやって自分を見つけたのか? 何故自分を助けたのか? キデンは意を決して答えました。自分はミュータントかもしれない、と。
f:id:ELEKINGPIT:20211005211739j:imageこれまで誰にも言えなかった秘密を打ち明けるキデン。だが先生は子供の夢物語と一笑してしまう。

 

まるで信じようとしない先生と言い争いになってしまうキデン。しかし目の前に父の霊が現れてから取り憑かれたようにどこかへ駆けてしまいます。先生の時と同様、霊がとある住所を告げたのです。先生も慌てて後を追います。辿り着いたのは売春宿。娼婦が客を取って寝泊まりする場所でした。半年間ホームレスとして過ごしていたとはいえ、体を売るような商売はしていないはず。キデンも先生も知りようがない場所なのです。先生が追いついた時には202号室のドアをこじ開けようとしていました。そこに居たのは手から爪のようなものを生やした娼婦と血を流して倒れた遺体でした。
f:id:ELEKINGPIT:20211005214420j:image下着姿で血の海を眺めていた若者。恐ろしいほど静かだった。

 

鋭い爪を生やした若者をじっと押し黙ったまま先生の家まで連れていきました。どうやら倒れていたのは客だが、殺したわけではない様子。目の前で自殺したというのです。とはいえ状況が状況だけに信じる人は少ないでしょう。名を尋ねても答えずに困っていると、またもや父の霊が現れます。ここから今すぐ出ろと言うではありませんか。キデンは戸惑いながら2人を連れて先生の家から出ます。直後、武装した集団が狂ったように銃弾を撒き散らしました。売春宿の主が、客を殺した激怒して死で償わせようとしたのです。家へ帰れば殺される。やむなく3人はホームレス生活を始めます。
f:id:ELEKINGPIT:20211005215956j:image3人を襲った武装集団。部屋中を弾痕まみれにしてしまう。

 

寝床のあてもない3人で何日も過ごしていました。ただ生きるために。そこへ父の霊が現れます。今度はブロンクスのある高校へ行けと言うのです。先生はバカバカしいと言いますが、霊の導きで命が救われたのは事実。共に行くことにします。3人がブロンクスへ着いた頃、街はある騒動が起こっていました。ミュータントが現れたと群衆が大騒ぎしているのです。中には手近なものを手に取って殺そうとする者達までいました。3人は早速後を追います。狂った群衆は路地裏までミュータントを追い詰めますが、その姿を見た途端逃げるように散っていきます。そこにいたのは巨大な猫のような姿をしたミュータントでした。
f:id:ELEKINGPIT:20211005223032j:image路地裏に隠れていたミュータント。殺されるのかと思い必死に威嚇するが、抱擁された途端涙を流していた。

 

こうしてミュータントのタティアナを仲間に加え、4人は路上生活に戻ります。とはいえ、これ以上路上生活を続けるのも厳しいでしょう。先生は自宅へ戻ってクレジットカードを取ってくることを提案します。一方4人を執拗に追う者もいました。売春宿の主です。常に先生の自宅を見張り、また行方を尋ねるために半年前勤めていた高校にまで姿を現すようになりました。しかしそんな追っ手の中の1人、ボビー・ソウルズにキデンの父の霊が。ボビーは一緒に暮らす全身麻痺の弟のため、手術代を稼ごうと渋々キデン達を探しているのでした。霊は数日後には4人と会うこと、4人が命の危機に瀕していること、その生死はボビーの手にかかっていることを伝えます。最初は信じようとしませんでしたが、霊の声が頭から離れようとしません。そして霊が予告した数日後。4人が先生の自宅へ向かっていると情報が入ります。
f:id:ELEKINGPIT:20211005230357j:imageパルマー先生の自宅を囲う武装集団。何も知らない4人を捕らえようと二手に分かれる。

 

パルマー先生が自宅のカードを取った瞬間、追っ手の一人が襲い掛かります。同時、父の霊がキデン達の前へ現れます。ここから逃げろと。しかしパルマー先生を置いて逃げるなどできません。やがて茂みに隠れていた3人も銃口を向けられてしまいます。勝ち誇ったように売春宿の主も訪れ、銃口を向けます。この時キデンにはある人物の顔が浮かんでいました。父を撃った犯人です。この危機に4人はどう切り抜けるのか? ボビーに迫られる選択とは? それはぜひ本編をチェックしてみてください。
f:id:ELEKINGPIT:20211005232406j:imageフラッシュバックする父を殺した「あの顔」。あいつが父を殺したのか。

 

〈何者にもなれない〉

さて、今作には様々な興味深い点がありました。中でも副題「WANNABE」は作中でほとんど出てきていないにも関わらず、不思議と読後感に付きまとって離れません。辞書で調べてみると○○になりたい、○○の熱烈なファンや志望者といった意味が出てきます。「want to be」のスラングとの事です。WANNABEにそんな意味が含まれているかは分かりませんが、少なくとも今作では「何者かになりたい(がなれない)」を表しているように感じました。

以前も紹介した通り、子どもの反抗期は自立への第1歩だと私は考えています。キデンもその真っ只中だったのでしょう。まるで自傷するように万引きを行い、タバコを嗜んでいました。キデンもまた反発することで大人になろうとしていたのです周りの大人達(親や教師時代のパルマー先生など)は常に理性的に接し、キデンに寄り添いながら諭そうとし続けました。キデンに映る大人とは、常に理性的な存在だと考えられます。しかしホームレス生活を始めて以来そのような大人に出会うことはありませんでした。反発することで自立への道を探っていたキデンにとって、大人への階段が閉ざされたも同然なのです。

もう1人の主人公、パルマー先生も同様でした。高校教師として生徒から尊敬を集め、また自分も生徒一人一人に敬意を持って接する。そんな日々を望んでいたにも関わらず、なんの歯車が狂ったのかすっかり縁遠い生活を送るようになっていました。

意地悪な書き方をしてしまいましたが、2人は決して大人になりたかったわけでも、高校教師になりたかったわけでもありません。普通の生活を送りたかったのです。「WANNABE」とは、普通の生活を送りたい(が送れない)という諦念にも似た2人の心根を表しているのではないでしょうか。暖かな食事を3食、毎日シャワーで疲れをとり、ふかふかのベッドでぐっすり眠る日々を。