アメコミを読みたいらいとか

MARVELやSTAR WARSなどのアメコミを、ネタバレ有りで感想を書くブログです。更新頻度は気分次第。他にも読みたいものを気まぐれに

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CAPTAIN AMERICA vol1 NEW DEAL

アメリカンヒーローコミックは時に現実で起きた事件を主題にすることがあります。そもそもキャプテンアメリカが誕生したのは1941年、第2次世界大戦の不安に応えるように現れたヒーローでした。アイアンマンの誕生はベトナム戦争がきっかけでしたし、アメリカ史上類を見ない汚職事件、ウォーターゲート事件も取り扱っています。それは今作も例外ではありません。2002年に刊行された今作は、9.11を主題にした物語です。フィクションのヒーローが現実の事件に毅然と声を上げることこそが重要な意味を持つのでしょう。とはいえ9.11の直後にスタートしただけあって、物語から大きな怒りのようなエネルギーを感じてしまいます。私としては諸手を挙げて賛成できない部分もあるため、今回は少々抽象的な書き方が多くなると思いますが、ご理解いただければ幸いです。なお今作は日本語版も販売されております。この作品をどのように見るかは、是非ご自身でもお確かめ下さい。
f:id:ELEKINGPIT:20211029184014j:imageCAPTAIN AMERICA NEW DEAL

 

日本語版コミック

 

〈あらすじ〉

2001年9月11日、アメリカンドリームが打ち破られた瞬間を全世界が目撃した。それから7ヶ月後、平和に暮らすアメリカの町をテロ組織が襲う。亡くなった人々の中には子どももいる。何故こんなことを? それはかつて、アメリカがまいた種なのだ。

 

アメリカンドリームの敗北〉

アメリカ本土が初めて攻撃を受けた9.11。2度の大戦や冷戦勝利し、世界のリーダーとして君臨し続けた国が初めて味わった恐怖とはどんなものだったのでしょうか。翌月の10月26日にはジョージ・W・ブッシュ大統領が愛国者法に署名、その混乱っぷりが垣間見えます。キャップはその場に自分がいなかったことを後悔していました。人々を守るために栄光の盾を掲げるキャプテン・アメリカが、テロの脅威から人々を守れなかったのです。悲惨な現場を見つめながら、キャップは今こそ自分が必要とされていることを再認識します。
f:id:ELEKINGPIT:20211029221052j:image「それまでよりももっと強くあらねば……」ナイフという凶器を折るキャップ。しかし新時代の脅威を前に、その盾は通用するのか?

 

7ヶ月後、アメリカの静かな町でテロが発生します。町や教会は導火線が張り巡らされ、1歩間違えば多くの住人が死亡してしまうでしょう。テロ組織のリーダーはここでキャップを呼び出し、その死をもってアメリカという国に終焉をもたらそうとします。それまで平和に暮らしていた人々を脅威に晒し、無実の人々を殺したテロ組織の目的は一体なんなのでしょうか? リーダーのアルタリクは、自らをコラテラル・ダメージと称します。アメリカが生んだ戦争被害者、アメリカがまいた憎悪の種だと。アメリカ国民は、そしてキャプテン・アメリカは考え直さねばならなかったようです。アメリカンドリームの意味を。キャップが守ってきたアメリカンドリームとはなんなのでしょうか? そしてアメリカンドリームを守るために、誰かを傷つけてきたのではないでしょうか? アメリカ軍が埋めた地雷の被害者から大ダメージを受け、町の至る所から爆煙が上がり、その光景はさながら第2次世界大戦を彷彿とさせます。それでもキャップは立ち上がり続けました。暴力に、戦争に、憎悪の先にアメリカンドリームは決してないのです。
f:id:ELEKINGPIT:20211029222843j:image地雷に焼かれるかつての町。こんな光景にアメリカンドリームはない。

 

終盤、テロ組織のリーダー、アルタリクはこう言いました。自分の父はベトナム戦争で死んだ。軍人でもなく、単に意味もなく殺されたのだと。私たち日本人もアメリカに2度原爆を落とされ、無益にも大勢の人間が殺されたことを知っているはず。多くの人々がアメリカによって植え付けられた憎悪に、キャップは「我々は変わった。学んだのだ」と答えます。21世紀のアメリカンドリームとはなんなのでしょうか? 少なくともキャップは、20世紀にアメリカがまいた負の遺産を受け入れ、2度とそれが起こらないよう務め続けることと考えているようです。
f:id:ELEKINGPIT:20211029224157j:image爆炎の中アルタリクと戦うキャップ。キャップの答えにアルタリクは「お前は答えられない」と一蹴する。

 

〈21世紀という生き方〉

今作は様々な場面で「アメリカの敗北」と「キャップの不屈」が何度も暗喩されていました。それらを1つ1つ取り上げることも考えたのですが、それはご自身の目で確かめていただきましょう。今回は事件から20年以上経った現在の視点で、この物語を見ていきたいと思います。

「我々は何者でどこへ向かい、何者になるのか?」といったような問いに、皆さんは答えられるでしょうか? 私は答えられません。恐らく大半の方も同様だと思います。我々は何者でどこへ向かい、何者になるのでしょうか? 現代人ならほとんどが答えを詰まらせるこの問い。しかし500年ほど遡ればその答えを持つ人は多くいたのではないか、と私は思います。700年前でも1000年前でもいいでしょう。かつての人々には宗教があったのです。宗教とは、上記の問いに答えるためのものでしょう。人々は神に仕えることで自分が何者かを知り、どこへ導かれるか、何者になるのかまで知っていたのです。例えば仏教の六道輪廻という考え方を見ていきましょう。人々は地獄道修羅道、餓鬼道といった6つの地獄を永遠に生きるのみであり、正しく修行しなければ極楽浄土へは行けないというものです。我々は地獄に生きる者だが、修行をすれば極楽浄土へ行き、釈迦と共に永遠の修行に励めるということでしょう。現代人が人生を通してようやく答えられるかもしれない問いに、かつての人々は目標を掲げるように答えていたのです。

自分が何者か、どこへ向かっているかも知らず、何者になるかも分からない。これは生きている意味を明確に見出せない、虚無主義的な考え方です。ニーチェの「神は死んだ」という言葉にも象徴されるように、我々はかつて答えられていた答えを持てなくなってしまいました。この虚無主義からの脱却が現代人の課題でしょう。ところが21世紀でもハッキリと答えを持つ人々はいます。大雑把に括ってしまえば、その中の特に過激派達(という表現も間違っているかもしれません)がテロリストであり、アルカイダであり、キャップと戦ったアルタリクです。アルタリクはアメリカが生んだ憎悪であり、アメリカを滅ぼすために生き、キャップに死を与える者という明確な答えを持っていました。劇中の行動も全てそれらに当てはめることができます。

これ程恐ろしいことはありません。全ての行動に明確な目標を持つのと、受動的に動かざるを得ないのとでは圧倒的に強さが違うのですから。しかしキャップは何度でも立ち上がり続けました。キャップはアメリカンドリームの体現者であり、自由を守り続け、人類にドリームを見せ続ける存在なのです。「もっと強くあらねば」というセリフは、キャップに言えることだけではありません。虚無主義の脱却こそ我々の課題であり、そのための手助けをすることがキャップの課題でしょう。恐るべき脅威から21世紀を生き抜くためには、互いが共存してこそ成し得るのだという強いメッセージを感じました。