アメコミを読みたいらいとか

MARVELやSTAR WARSなどのアメコミを、ネタバレ有りで感想を書くブログです。更新頻度は気分次第。他にも読みたいものを気まぐれに

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SECRET WAR

アメリカンヒーローコミックスは時に現実で起きた事件をモチーフにストーリーを描くことがあります。今作、シークレットウォーもその1つ。9.11を題材に正義の在り方を問う言わば怪作です。同じ9.11を題材にしたCaptain America New Dealは怒りがテーマなら今作は内省がテーマと言えるでしょう。テロと華々しく戦うヒーロー。しかしそのやり方は正しかったのか? 時代が変わると見え方も変わる「怪作」を是非ご覧下さい。
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〈あらすじ〉

突然の出来事だった。ストリートのヒーローとして名を馳せていたルーク・ケイジが何者かの襲撃にあい重傷を負ったのだ。犯人は誰なのか? 真実を知るのはニック・フューリーのみ。全ては1年前、知られざるあの戦争に起因するのだから。

 

〈正義の鉄槌〉

その日、ピーターパーカーは眠れない夜を過ごしていました。MJとの結婚記念日のはずなのに一日中ある戦いが頭から離れないのです。まるで白昼夢のよう。全く覚えのない戦いに、ピーターはただ1人混乱するばかり。耐えきれなくなったピーターはとうとう白昼夢に登場したデアデビルの元を訪ねます。デアデビルは白昼夢の出来事を身に覚えがないと言いますが、スパイダーマンのモヤッとした感覚は解消されません。2人で話している途中、割り込むように2人のヴィランが現れました。いつものように悪事を企む悪人たちを、いつものように倒すだけ。ところがヴィラン達の様子はいつもと違います。その目には憎悪が、まるで仇を相手にしているかのような憎しみが宿っていたのです。いつもより苛烈な攻撃にはデアデビルも驚くほど。いつも以上の激戦でしたが、どうにか2人はヴィランを倒すことに成功します。ほっと一息つく間もなく今度はキャップから連絡が。ある病院へ至急来て欲しいとの事です。待っていたのは、キャップとフューリー長官でした。1年前の今日について話があると。これを遮るように、今度は多数のヴィランが襲撃。先程のヴィラン同様、その目には激しい憎悪の炎が宿っていました。
f:id:ELEKINGPIT:20230712185458j:imageキャップ達を襲うヴィラン軍団。まるで復讐者の如き憎悪を宿していた。

 

病院にほど違い住宅街での戦闘を強いられるキャップたち。ファンタスティック・フォーが救援に訪れた頃には、ヒーローを取り囲むように一面が火の海となっていました。何より首魁であるルシアの攻撃は苛烈そのもので、ヴィラン軍団諸共自爆しマンハッタンを壊滅させようとしていたほど。SHIELDの新たなエージェント、クエイクがいなければ今頃マンハッタンは地獄絵図と化していたでしょう。クエイクは地震を引き起こす能力です。ルシアの体の中に小さな地震を発生させ、無理やり起爆を無効化していたのです。ヴィラン軍団、そして首魁ルシアの目的はなんだったのか? ヒーローたちが疑問を抱くのは当然のことでした。理由を知るのはただ1人、フューリー長官のみです。同じように襲撃を受けたウルヴァリンX-Menも現れ、ヒーローたちはフューリーへ問いました。ヴィラン軍団とルシアの目的は? 何故我々に復讐しようとしたのか? これは「知られざる戦争」であるべきだった。観念したフューリーは重い口を開きました。全ては1年前の今日起きた出来事に起因します。
f:id:ELEKINGPIT:20230713081620j:imageヒーローに取り囲まれ、ようやく重い口を開くフューリー。「知られざる戦争」の真実が明かされる。

 

1年前、フューリーは増加するスーパーヴィランの犯罪を調査していました。中でもアーマーや武器を操るタイプのヴィランの犯罪が目立ちます。どこでそんなものを手に入れた? 入手経路は? 資金源は? 尋問、追跡、監視、あらゆる捜査方法を試しようやくたどり着いたのは、ラトベリアでした。ラトベリアの首相ルシア・フォン・バルダスがヴィランへ資金提供を行っていたのです。これは間違いなくテロ、アメリカへの攻撃と考えていいでしょう。これ以上被害を拡大させない為にも、フューリーは大統領へ直訴。SHIELDによるルシアの逮捕を要請します。ところが大統領は外交で解決しようと考えているようです。交渉、会談、政治的駆け引き、確かにフューリーのやり方は強引です。外国の首脳を逮捕するなど、1ミクロンでも間違えば大きな国際問題に発展しかねない危険な綱渡りに他なりません。しかし、今こうしている間にもヴィランが誰かを殺そうとしているかもしれない。ヴィランが振り上げた拳をギリギリで受け止めたとして、果たしてそれは「間に合った」と言えるのでしょうか? ヴィランが拳を振り上げる前に防ぐのが、悪から市民を守る盾となるのが我々SHIELDの役目では? ホワイトハウスの外を歩くフューリーは密かに決断していました。責任は全て自分で背負う。協力者は必要だが、責任は全て自分だけで完結させる。フューリーはキャップ、スパイダーマンデアデビルルーク・ケイジウルヴァリン、ブラック・ウィドウを招集。SHIELDの新人エージェント、クエイクを加えラトベリアへと向かいました。警備兵をなぎ倒し、ルシアの元へ辿り着く一行。フューリーの方法は過激そのものでした。皆の記憶を消したのは、そのためだったのかもしれません。なんとフューリーはルシアの毒殺を試み、果てはクエイクに大地震を起こさせたではありませんか。無垢なるラトベリア臣民も多くが死に、多くの被害が出ました。戦慄するヒーローたち。意図していなかったとはいえ、自分たちの拳が血に塗れたのです。そんなヒーローの記憶を消したのは、あるいはフューリーの慈悲だったのかもしれません。ともかく、多くが死に、何とか生き残ったルシアは復讐を誓い、ヒーロー達は1週間後には日常生活へと戻っていました。
f:id:ELEKINGPIT:20230714083227j:image崩れ去ったラトベリア。これが最も平和な道と信じて、フューリーはこの被害をなかったことにした。

 

〈正義の行方〉

今作はおおよそ3つの正義が見られました。ルシア、フューリー、大統領を代表する3人の正義です。今作を通して改めて問うべきは、「誰が正しかったのか?」でしょう。大統領の正義は最も無害そうに思えます。交渉、対話による解決です。ルシアと大統領の対話が実現し、もし交渉に成功したら? ラトベリアに血が流れることもルシアが復讐を誓うこともなかったはず。しかし対話による解決は何よりも時間がかかってしまいます。フューリーの言う通り、今は1秒を争う事態。一刻も早く解決しなければならない問題に交渉の場を都度セッティングし、何度も会談を重ねてようやく対話による解決が実現しても、その間被害は拡大し続けるのです。今回被害に遭わなかったアメリカ国民の血がどれほど多く流れたか、誰にも予想できるわけがありません。ではそんなフューリーの正義は? ラトベリアを崩壊させ、全てをなかったことにするのが正しかったのでしょうか? どれだけ合理的に説明されても、恐らく直感で違うと感じる方が多いでしょう。フューリーの行いは正義の暴走とさえ捉えられかねない逸脱したもの。ルシアだけでなくなんの罪もないラトベリア臣民さえ多くの被害が出たのです。被害を拡大させない最もシンプルな方法で、恐らく被害を受けた「人数」だけで考えるならば最少に留めたでしょう。しかし数が少なければ良いというものではありません。そして最後に、ルシアの正義。報復としてマンハッタン、果てはアメリカ全土さえ壊滅させるほどの攻撃を仕掛けていました。その復讐が単なる私怨でないことは確かでしょう。ルシアの行った復讐は、成功すると被害規模に見合わないほどの大規模。「やりすぎ」とさえ言われるかもしれません。では誰がルシアへ「復讐をやめろ 」と言えるでしょうか? 臣民の仇討ちは、見方を変えるなら「リベンジ」より「アベンジ」では? ルシアの報復攻撃を非難することは簡単です。しかしルシアたちが感じた怒りや憎しみはどこへ留めれば良かったのでしょうか? 3人の正義を比較すると、それぞれに欠点があることが分かります。どの正義も誰かが犠牲になることは避けられない。だからといって「犠牲になれ」と言える資格のある人間はいません。3人の正義はそれぞれ欠点を抱え、完璧ではなかった。これを結論として話を終えるのもいいでしょう。しかし今作は9.11をモチーフにしたストーリーです。9.11で世界貿易センタービルが崩れ、アメリカは事実上の報復攻撃を強行。一方国内では愛国者法の制定など大きな動きがありました。これら一連の流れを見ると、今作で提示された正義を当てはめることが可能では無いでしょうか? 今作で見てきた不完全な正義は現代の我々の世界でも容易に起きうることなのです。3人の正義は不完全だった。しかし現実ではこれらを現実社会として選択せねばならないでしょう。完璧な正義などないかもしれません。ならば私たちは、不完全な正義の中でこの世界を生きています。そしてこの正義しか選択肢がない時も訪れるかもしれません。