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MARVELやSTAR WARSなどのアメコミを、ネタバレ有りで感想を書くブログです。更新頻度は気分次第。他にも読みたいものを気まぐれに

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SPIDER-MAN REIGN【2023年8月の私的ベストアメコミ】

MARVELヒーローと言えば? この問いは映画の成功もあり、X-Men、アイアンマンなど数多くのヒーローの名前が挙がることでしょう。しかしスパイダーマンだけは外せないはず。今作はそんなスパイダーマンの未来を描いた平行世界のストーリーです。非常に陰鬱とした内容ですが、その分カタルシスは抜群のはず。詩的なセリフの数々から紡がれる悲劇と希望の物語です。
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〈あらすじ〉

雨が降っていた。スーパーヴィランの犯罪が一掃されてから10年、ニューヨークは沈黙の街となった。市長の独裁的な政治が始まり、今や喋ることさえ危険な街となったのだ。ヒーローの存在が忘れ去られる中、あの人物だけは待っていた。スパイダーマンの帰還を。

 

〈大いなる力には〉

スーパーヴィランの犯罪が撲滅され10年の時が経ちました。ニューヨークは雨の止まない街となり、微かな犯罪の香りも逃さない治安維持部隊が闊歩する日々が続いています。市長のプロパガンダ番組へと成り代わったニュースは、連日新たな犯罪防止システム「レイン」を報じるのみ。黒い雨雲の下で人々は笑顔も見せない毎日を過ごしていました。ピーターパーカー老人は花を生けていました。治安維持部隊と子どもの争いに巻き込まれ、踏まれ続けた白い花。花瓶を置くと老人は花へ語りかけます。花の向こう側には長い赤毛の人物が押し黙って座っています。ボロボロの花を謝る老人。それでも花を労る老人。何か期待するような目線を外した老人。それでもMJは何をも語ろうとしません。ピーターは寂しさを押し殺した声で一言呟き席を離れます。ある日のことでした。静まり返ったピーターの家にノックの音が響きます。誰が今のピーターを訪ねるのでしょうか? ドアの先で待っていたのは、30年前からすっかり変わったJ・ジョナ・ジェイムソンでした。このしみったれでクソッタレな世界を変えなければならない。硬い決意でやってきたJJJが望むのはただ1つ。スパイダーマンの復活です。今この時こそマスクを被り、もう1度ヒーローになるべき。JJJの熱い眼差しは老人をゾッとさせました。ドアをバタリと閉めたかと思うと、今度はうずくまり震えるばかり。苦労してやって来たというJJJは怒鳴り声を上げ始めます。建物の外でもまだ怒りが収まらないジェイムソン。ところが今度はそれが治安維持部隊に見つかり、リンチされ始めたではありませんか。さっきまで聞こえていた怒鳴り声が呻き声と悲鳴に変わります。ピーターはその声に我慢なりませんでした。黒いマスクを被り、しかしコスチュームを首には通さず、雨の降る街にやせ細った超人が現れます。
f:id:ELEKINGPIT:20230803081934j:image雷鳴と共に現れた「痩せっぽち」。骨の浮き出た体でも、あの時の力は未だ健在。

 

JJJをも殴り飛ばし、再び引きこもるピーター。しかしJJJはボロボロの体に比べあまりに明朗です。スパイダーマンの復活を予感したJJJは、自らが発行する新聞で大々的に報じました。当然治安維持部隊の目に留まり連行されるJJJ。しかしこの狼煙を止めないため、絶対に手を緩めません。なんとTVやラジオの電波をジャック、痩せっぽちのヒーローの存在を限りなく大勢の人間へ広めます。街頭TVさえ痩せっぽちのヒーローを映し出す様に治安維持部隊が現れました。このニュースは誤報だ。この映像を見ると頭がおかしくなる。棍棒を振り回し、新聞を持つ人間は拘束さえします。治安維持を名目に市民の行動さえ弾圧する姿は異常そのものでしょう。憤りを覚えたのはやはり市民でした。この映像をキッカケに自由を求めるパレードが開かれたのです。中には治安維持部隊に堂々と抵抗する者も現れます。同じ頃、パーカー老人は引越しの準備を進めていました。JJJに見つかった。いつまたスパイダーマン復活と騒ぎ始めてもおかしくありません。そうなる前に早く逃げねば。しかしMJは窓際から頑なに動こうとしません。ただの一言も発せず、微動だにしません。何を見ている? 溜まりかねた老人はMJの見つめる窓の向こうを覗きます。騒がしい音の主は街頭パレードでした。勇ましく突き進もうとする市民と衝突する治安維持部隊。しかしその時、治安維持部隊に立ち向かおうとした1人へ向かって何度も銃声が放たれます。青ざめる市民たち。血溜まりが広がったのはアパートの前です。魂の震えをMJは感じたのでしょう。30年前から1度きりも笑ったことのない顔がニコリとしたのです。ピーターの耳元には30年前と変わらぬ声が背中を押すように囁かれました。ヒーローが現れたのはそのすぐあとのことです。ブラックコスチュームをまとい、陽気なジョークを交えながら摩天楼の隙間をスイングするヒーローの登場です。今TVで流れていることは全部本当だった。閉塞感と絶望感が徐々に希望へと満たされていきます。一方独裁政治を行う市長がこれを黙って見ているはずがありません。市長は絶対服従を条件に、スーパーパワーを持つ6人のヴィランを解き放ちます。黒いヒーローは治安維持部隊を颯爽と倒していました。まるで懐かしいあのジョークも健在です。しかしそんな時に6人のスーパーヴィランが現れます。6人の攻撃は凄まじく、瞬く間にピーターは捕らえられてしまいます。そして民衆の前でマスクを剥ぎ取られました。市民が希望を抱いていたのは痩せっぽちの弱々しい老人だと知らされました。
f:id:ELEKINGPIT:20230804080459j:image市民が見たヒーローの正体。希望が再び絶望へとひっくり返った瞬間だった。

 

マスクを剥ぎ取られたピーターは墓地にいました。拘束される直前、ドクターオクトパスがここへ連れてきたのです。墓に刻まれた名前にピーターは現実へ晒されます。その墓を抱き、懺悔と叫びを上げ始めました。MJは死んだ。30年も前に。自分の持つ放射能の影響を受けて、癌で死んだ。MJは自分のせいで死んだのだ。自分がMJを殺したのだ! その上最期の瞬間を看取ることも出来なかった。犯罪者と戦っていた。最愛の人を殺した上に最期を見守ることさえしなかったのだ! 同じ頃、ニューヨークは悲鳴に包まれていました。街へ大量に解き放たれたヴェノムのスライムが市民を飲み込んでいたのです。老いも若いも見境なく人々を飲み込むヴェノム。逃げ続ける市民ですが、1つだけ分かったことがあります。鐘の音に弱いのです。鐘の音を聞くと飲み込んだ人々を吐き出し後退したのでした。人々は鐘を鳴らしました。自分の身を守るために、自由を守るために。鐘の音はここまで届いていました。気絶するように眠っていたピーターは、鐘の音で目を覚まします。その目はあの時のように弱々しいものではありません。ピーターはMJの最期の言葉を思い出していたのです。それはピーターに向けて、そしてスパイダーマンの背中を押すものでした。赤と青のコスチュームをまとい、ピーターは雄叫びをあげます。大いなる力には大いなる責任が伴う。ピーターは30年経て再び責任を果たそうと動き始めました。
f:id:ELEKINGPIT:20230804181851j:image雨の止まない街で、自由の音色を当たり前にするため立ち上がるスパイダーマン。まるで蘇るようにこの世界へスパイダーマンが立ち上がったのだ。

 

〈大いなる責任〉

大いなる力には大いなる責任が伴う。日本でも多くの方が知っているこの言葉は、スパイダーマンアイデンティティの1つのようになっています。この言葉はスーパーヒーロー全員が共有している座右の銘、信条とも言えるでしょう。またこの言葉に縛られたピーターの悲劇の数々を指し、パーカーラックなんて言葉もあるほど。スパイダーマンは大いなる責任を生涯果たそうとする悲劇のヒーローなのです。さて、今作ではそんなスパイダーマンの未来の姿が描かれました。MJが亡くなった日からスパイダーマンを引退し、助けを求める手さえ見て見ぬふりをし続けるピーター。それでも最後には責任を果たすために戦おうとしていました。最愛の人を失い、痩せっぽちの老人となってもです。はたしてピーターの力に伴った責任はそれほど重いものなのでしょうか? 今作では「大いなる力には大いなる責任が伴う」と同時に、「大いなる責任には大いなる力が伴う」ことも描写されました。圧倒的な権力を握る市長の独裁です。確かに市を運営するという責任は重いでしょう。しかしそれを逆手に取り、弾圧まで行う力を見せつけました。もしこの力を市民のために使ったのなら? 自由の鐘を鳴らさずとも皆が自由を平等に享受する社会へ近づけることだって可能だったはずです。誰かのために力を使えば。力はそれを持たない人々に向けて使うのが最も道徳的でしょう。スパイダーマンの根底に流れているのはこの精神のはず。ピーターに「力」が宿る限り、誰かのために戦い続ける宿命はついてまわるのです。